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モスクワ・ペテルブルク100%濃縮の旅!

水曜日, 9月 11th, 2013

前回に引き続き、ロシア文化フェスティバルIN JAPANの記念すべき1000万人目の入場者となられた,ロシア語教師の福田知代さんにご登場いただき、副賞としてペア招待券が贈られたモスクワ・サンクトペテルブルク旅行についてお話を伺います!

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ーーこの夏の福田さんのロシア旅行、タイトルをつけるとしたらどんな旅でしたか?

福田ーー8月14日に成田空港を発ち、20日に帰国いたしました。17日まで3日間サンクトペテルブルクに滞在し、18日から2日間モスクワに滞在しました。2都市合わせて5日間ロシアに滞在したのですが、そうは思えないほどの非常に濃い体験をすることができました!2008年、大学院1年生のときに研究調査のためにペテルブルクに1週間滞在したことがありましたが、そのときはほとんど観光はできませんでしたので、街をじっくり見て回るというのは初めての経験でした。そうですね、今回の旅のタイトルは……「モスクワ・ペテルブルク100%濃縮の旅」でしょうか!

 

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△噴水が美しいサンクトペテルブルグ郊外ピョートル大帝の夏の宮殿

 

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△エルミタージュ美術館にて

 

ーーペテルブルグではどのように過ごされたのでしょうか?

福田ーーペテルブルクでは、1日目にエルミタージュ美術館、カザン聖堂、血の上の教会とゾーシェンコ博物館を訪れ、2日目には郊外まで足をのばしてピョートル大帝の夏の宮殿、イサク聖堂、ペトロパブロフスク要塞を訪れました。3日目には、エカチェリーナ宮殿とアレクサンドル宮殿を訪れました。ペテルブルクの魅力を余すところなく堪能することができました!

 

学生時代に滞在されたということは、「ここは絶対に訪れたい!」という想い出の場所もあったのでしょうね!

福田ーーええ、2008年滞在中には、学生時代の研究テーマであった風刺小説作家ゾーシェンコの博物館に何度も足を運びましたので、今回もお願いしてスケジュールの中に加えていただいたんです。当時お世話になった博物館のリュボーフィさんとも再会出来て、ひさしぶりにゾーシェンコ談義に花を咲かせました。気付いたら2時間もおしゃべりしていたんですよ・・・!

 

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△ゾーシェンコの愛用していたソファにてリュボーフィさんと。

 

ーーそれは素敵な時間でしたね!それから、首都モスクワへいらっしゃったんですね。

福田ーーモスクワでは、クレムリン内の武器庫、数々の教会、聖堂、雀が丘、セルギエフ・ポサードなどを訪れました。

 

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△クレムリンの向こうに輝く救世主キリスト大聖堂の屋根

 

ーーところでさっきから気になっていたんですが・・・ペア旅行券でどなたと一緒にいらっしゃったのでしょうか?(笑)

福田ーーまっさきに顔が思い浮かんだので・・・父と参りました(笑)。父は、若いころにヨーロッパを旅して回った経験があるそうなのですが、ロシアには行ったことがなかったのです。「こういう国のこういう言語を学んできたんだよ」というのを、娘として父に紹介したい気持ちもありました。父はロシアという国を実際に見て、ロシアの人々と接して、そのスケールの大きさに感激しておりました!

 

 

ーー愛する娘さんとご旅行だなんて、お父様はさぞ喜ばれたことでしょうね!本場ロシアの文化に触れて、今どんなお気持ちでしょうか?

福田ーー今回、特に印象に残ったのは、いろいろな教会、聖堂を訪れて、ロシア正教の一端を理解できたように思えたことです。文献や映像教材などを通して、ある程度は知っているつもりでしたが、実際に教会の中に入り、イコン(聖像画)に圧倒され、儀式が執り行われている様子を目にしたことで、ロシア人の気持ちの根本をなしているものに触れられたような気がしています。劇場シーズンの幕開けは秋ですので、舞台芸術などを見る機会はありませんでしたが、ロシアに滞在できたこと自体が、私にとっての大きなロシア文化体験でした!!!

 

 

 

 

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△荘厳な美しさのイコンで飾られたロシア正教会の内部

 

ーー今回の旅を終えて、ロシアやロシア人,ロシア文化の魅力はどんなところにあると感じていらっしゃるでしょうか?

福田ーー ロシア、ロシア語について紹介するとき、私は「ロシアは、言葉を学んだその先がとても広く、とても深い。それはまるでロシアの大地の大きさ、広さ、奥深さそのものなのです」とお話しています。今回の旅を通じて、この思いは確信に変わりました。

実際に足を運ばなくても、テレビやインターネットで何でもバーチャル体験ができてしまう現代ですが、やはり生で見るからこそ感じられる素晴らしさがあると思いました。ロシア文化は高尚で近寄りがたいと思われがちですが、ロシア文化フェスティバル IN JAPANを通して、より気軽に「ホンモノ体験」をしてもらえたらと願っております。

この旅のおかげで、ロシアに興味を持っている子どもたちに,教師として提供できる情報の引き出しが非常に増えましたので、今のロシアについて、私なりの言葉で伝えていけたらと思っています。素晴らしい経験をさせていただきまして、心より感謝申し上げます!

 

ありがとうございました!

 

記念すべきフェスティバル1000万人目の入場者は・・・?

火曜日, 8月 27th, 2013

夏の特別企画第2弾!今回は、ロシア文化フェスティバルIN JAPANの記念すべき1000万人目の入場者となられた福田知代さんにお話を伺ってみましょう。

 

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——ロシア文化フェスティバル IN JAPANの存在を初めて知ったのは、いつですか?何がきっかけだったのでしょう?

福田——2006年に、在学していた東京外国語大学で、授業中に先生がチラシを配り、このフェスティバルについて紹介してくださいました。最初は、同級生が出場していたスピーチコンテストを見にいきました。また、夏休みには友人たちと誘い合って、富山県で行われたロシア現代美術展や、バレエ「眠れる森の美女」へも出かけました。

少女時代にバレエを習っていたので、それ以降もバレエの公演にはよく足を運びました。学生料金があったため、一つの公演でもいろいろな種類のプログラムを鑑賞できたんですよ。 特に印象に残っているのは・・・やはり、ボリショイバレエとマリインスキーバレエの合同公演でしょうか!ディシニョーヴァさんとロパートキナさんの豪華共演に胸を躍らせました。

 

——ロシアバレエに恋する学生さんだった福田さん。現在は、ロシア語を教える先生をなさっているそうですね!

福田——国連の公用語のひとつであるロシア語の美しい音の響きに魅せられて、お隣の国ロシアの言葉を学びはじめました。大学院在学中に、ロシア語の教員免許を取得し、同級生と一緒にロシア語教室を創設しました。卒業してからは、都立北園高等学校でも、ロシア語の授業を担当するようになりました。現在、授業は各学年週に1度、2時間続きです。2013年度は、1年生17人、2年生9人が履修しています。2012年からは、これに加えて早稲田大学高等学院、関東国際高等学校、筑波大学でもロシア語の授業を担当しています。東京都内でロシア語が教科として開講されている高等学校は以上の3校なんですが、全体では約110名の高校生がロシア語を学んでいることになります。ほかにも、翻訳やロシア語の辞書を作るプロジェクトのお手伝いをしています。

 

ーーそんなに多くの若い方が、高校からロシア語を学んでいらっしゃるんですね!知りませんでした。ロシア語の未来のために大活躍されている福田さん、若い学生さんたちと一緒に、ロシア文化フェスティバルのイベントにいらっしゃったりもするのでしょうか。

福田ーーええ、教室の中でロシアやロシア語について学ぶのだけでは、広くて奥深いロシアについてのほんの一部分しか感じ取ることはできないだろうとの思いから、生徒たちにロシア文化フェスティバルIN JAPANについて紹介し参加してきました。これまでに、映画祭やボリショイサーカス、写真展やピアノコンサート、民族舞踊合唱団のコンサートなどに足を運びました。

なんといっても忘れられないのは、ロシア民謡アンサンブル「ルースカヤ・ヤールマルカ」のお二人を学校にお招きして、生徒たちや教職員、保護者の前でコンサートをしていただいたことでしょうか!生徒たちも一緒に楽器を触らせていただいたりして、とても思い出深い一日となりました。

 

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ーー 今回、記念すべき1000万人目のお客様になり、オープニングレセプションでは、ステージ上で、モスクワ・サンクトペテルブルグ旅行招待プレゼントの目録とチェブラーシカ人形も贈呈されましたね。

福田ーーあのときはとても驚きましたし、私にはもったいないとも思いました。壇上ではミハイル・シュビトコイ=ロシア連邦大統領文化特別代理・ロ シア組織委員会副委員長から「怖がらなくていいよ」と言われました(笑)。笑顔でいようと心掛けましたが、やはり慣れないことで、緊張していたのだと思います。

 

 

次回は、福田さんのモスクワ・サンクトペテルブルク旅行について、たっぷりとお話を伺います。どうぞお楽しみに!!

 

 

 

 

心の絆を強めて〜震災支援と日本のなかのロシア探究〜

火曜日, 8月 20th, 2013

今回は、夏の特別企画として、今年4月に東日本大震災の被災地を訪問し、また日露交流史跡を取材してきたロシア文化フェステイバル事務局の北村れい子さんにお話を伺います。

 

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△ 陸に乗り上げた大型船(気仙沼)

 

北村――まず、東京から東北新幹線に乗り、くりこま高原駅で下車。レンタカーで登米(とめ)―石巻―東松島―南三陸―気仙沼―陸前高田―大船渡―釜石―山田―宮古と廻り、山田線で盛岡へ。そして再び新幹線で帰京・・・3日間で、被災地をめぐり、さらにロシア関係の史跡も廻るという、大変な過密スケジュールでした!

どこも津波で押し流された街がいまだ廃墟のままで、厳しい現実を突きつけられ、認識をあらたにさせられました。ロシア正教ゆかりの日本ハリストス正教会も、どこも被害に遭われていました。悲劇の現場に足を踏み入れ、言葉に表せないほどのショックを受けましたが、お会いした人々が皆、明るく元気な表情で前を向いていたのが印象的でした。

 

 

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△今も津波の傷跡が残る(石巻)

 

 

――東日本大震災後、ロシア文化フェスティバルとしてはどのような支援活動をしてこられたのでしょうか。

北村――2011年3月11日に大地震が発生し、全世界に生々しい大震災の現場が報道されました。ロシア国民にとっても日本の震災映像はショッキングだったようです。10日後の21日にすぐさまロシア文化フェスティバルIN JAPAN組織委員会は、ロシア文化人によびかけて、イタルタス通信社ビルで記者会見、震災への哀悼の意をのべ、チャリティで被災者を支援すること、ロシア文化フェスティバル2011 IN JAPANが悲劇と困難を乗り越えて、実現・成功のために支援していくことを表明し、また呼びかけました。この席には今村朗・駐ロ日本国大使館公使が同席し、ロシア国民の支援に感謝の言葉をのべました。

2011~2013年には、ピャトニツキー国立アカデミー・ロシア民族合唱団来日公演、ボリショイサーカス公演、プロコフィエフ生誕120周年記念音楽祭、クラスノヤルスク民族アンサンブル「エニセイの朝焼け」来日公演、バレエガラコンサートなど、チャリティ行事をメインにし、その収益を毎年300万円、日赤やNHK、現地にお届けしました。そして、各地の被災避難民をサーカス公演やコンサートに招待して「家族が震災後、初めて笑顔を取り戻した」という感想文や感謝の手紙をいただきました。また、震災のためにコンサート中止や券の普及がままならないフェスティバル参加企業・団体には補助金を出してきました。

 

 

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△石巻市の旧ハリストス正教会

 

 

――訪ねた被災地の印象はいかがでしたか。

北村――石巻では、自宅が流されながら、たったひとつ残った明治の蔵を保存する運動をしている市民にお会いし、廃墟の街と建物について状況を伺いました。募金をお渡ししてきました。旧ハリストス正教会の建物は中洲にあるために津波被害にあい大きく破損、工事テントで覆われていました。現教会の司祭にもお会いしました。旧教会堂の保存は困難はありますが、市が保存を表明、復元市民の会が活動をはじめています。南三陸では手作りのプレハブ商店街で対話・買い物をしましたが、三陸沿岸の街々は復旧の遅れによる困難と新しい息吹とが交差し複雑な感慨にとらわれました。官民一体の継続的な粘り強い復旧支援の必要を実感しました。

 

 

――日ロゆかりの史跡も訪ねられたそうですね。

北村――ええ、たとえば登米市では、佐藤三千夫記念碑を訪ねました。大正時代に、外国の対露干渉からロシアを守るために、シベリアのパルチザンに参加し倒れた宮城の青年を記念したものです。石巻市の禅昌寺には、若宮丸漂流民供養碑がありますが、これは1793年、ロシアへ漂流した津太夫、善六ら若宮丸船員を供養するために建てられました。

 

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△石巻市禅昌寺にある若宮丸漂流民記念碑

 

ほかにも石巻や大船渡、盛岡のハリストス正教会では山下りんのイコン画を見ることが出来ました。宮古市の華巌院では、エトロフで捕虜になった南部藩士である大村治五平記念碑などを研修しながら視察しました。

残念ながら今回は時間が足りず、ベーリング・ロシア探検船の記念碑がある網地島には渡航できませんでしたが、この地を中心に東北には、ハリストス正教会と信徒が全国で一番多く、また、江戸時代のロシア漂流船史跡も多いのです。こうした日本のなかのロシアを探究する旅は楽しいものです。

 

 

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△宮古市華厳院にある大村治五平の記念碑

 

――こんなにもたくさんのロシア関係の史跡があるなんて・・・驚きました!では最後に、今回の視察を終えて、今後のプランやご希望がありましたら教えてください。

北村――これまでも、北海道(函館ほか)、沖縄(宮古島のネフスキーの地)などの視察をしてきましたが、ロシアの文化・芸術の紹介と日本のなかのロシア探究を同時進行的にすすめて、日ロ両国民の心の絆を、固く広くしていければと願っております。ロシアの巨匠マエストロによるオーケストラコンサートを2014~15年に被災地で行う働きかけをしていますが、やはりまだ入場料は見込めませんので、なんとか実現するためにも最低限の経費を各種財団に申し入れているところです。また、チャリティコンサートを毎年行うことで、継続的に支援していけたらと思っています。

――コンサートやイベントを日本で開催するだけでなく、日ロ両国市民の心の絆を強めるさまざまな取り組みをしているロシア文化フェスティバル関係者の皆様のご努力に,心からの敬意を表します。

猛暑ですのでどうぞお体に気をつけて、芸術の秋にむけてますます実りあるご活動になりますように祈念しております!ありがとうございました。

 

 

祝55周年!ボリショイサーカス開幕!

木曜日, 7月 25th, 2013

さあいよいよ夏本番!ボリショイサーカスの季節がやってきました!

今年は祝・来日55周年記念公演。1958年の初来日以来、ロシアのサーカスはここ日本で、50年以上にわたって愛されつづけてきました。プログラムの表紙 にも「55」の文字が輝いています!

 

 

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幼い頃はご両親に連れられて、そして今はお子さんやお孫さんたちに囲まれながら、親子3代で楽しみにしてくださっている方も多いようです。

 

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人気者の熊や犬・猫による動物サーカスあり、ジャグラーやバランス・アクト、ロシアン・スイングにロシアン・バー,ジギドなどのアクロバットあり、空中ブランコ&空中フラフープあり・・・神業満載の日本特別プログラムで、人間の美と能力の限界に挑みます!

 

さて今日は、会場でしか手に入らないオリジナル・グッズの販売コーナーを覗いてみましょう。

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ボリショイ・サーカスのマスコット、熊のミーシャ&マーシャが描かれています。

 

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Tシャツにノート、クッキーにキャンディ、どれもこれも欲しくなってしまいますが、なかでも私のオススメは・・・暗闇に光るライトスティック!

スイッチを入れると、白い(透明に白文字の)スティックが、赤と青に光って、ロシア三色旗カラーが完成!?これを手にすれば、気分も盛り上がること間違いなし!

 

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可愛い動物たちと一緒に、記念写真が撮れるコーナーは、いつも子供たちでいっぱいです!もちろん今年は55周年記念フレーム!

 

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ボリショイサーカスは、9月1日まで全国7都市で公演予定です。夏休みの想い出の1ページに、家族みんなでお楽しみください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プーシキン美術館展 開会式!

金曜日, 7月 12th, 2013

さて記者会見後には、グランドギャラリーにおいて開会式が催され、モスクワからはイリーナ・バカノワ副館長が来日しました。

 

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▲「東日本大震災後の日本の皆様の勇気に感動し、展覧会開催という約束をぜひとも果たしたいという想いでやってまいりました。もともとはモスクワ大学の学生たちが芸術をよく理解出来るようにと設立されたプーシキン美術館は、今もその使命を受け継ぎ、素晴らしいものを世界に広めようという大きなエネルギーを持っていると自負しております。音声ガイドや映像、パネル展示なども合わせて、ぜひロシアという国やプーシキン美術館についても知っていただけたらと願っております。ロシア人と日本人のチームワークで作り上げたこの展覧会を鑑賞して、喜びに包まれるであろう皆様が、他の作品も見てみたいと実際にモスクワのプーシキン美術館を訪れてくださることを心から望んでおります。日本とロシアの間の文化の結びつきが、ますます両国の友好関係を発展させてくれると信じております。スパシーバ!」

 

横浜美術館の逢坂恵里子館長、朝日新聞社の木村伊量代表取締役社長、そしてテレビ朝日の早河洋代表取締役社長による主催者挨拶につづき、来賓代表として在日ロシア連邦大使館のコンスタンチン・ヴィノグラドフ一等書記官と林文子横浜市長がお祝いのメッセージを述べると・・・最後にスペシャルゲストとして、音声ガイドでナビゲーターを務められた俳優の水谷豊さんが登場!

 

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▲「今年はとてもロシアにご縁がありまして、夫婦で初共演した映画『少年H』がモスクワ国際映画祭で特別賞を受賞しまして、先日モスクワを訪問してきたばかりです。」ジョークを交えつつ、プーシキン美術館展をPR。

 

 

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ヴィノグラドフ一等書記官のご挨拶での素敵なお言葉をお借りして・・・日本には、日本古来の精神を大切にしつつ西洋の技術を受け入れ、両者を調和させ発展させていく和魂洋才という言葉がありますが、まさに“露“魂洋才といえるプーシキン美術館展。いよいよ開幕です!

 

 

 

プーシキン美術館展のロシア的楽しみ方2:絵をとりまく人々

木曜日, 7月 11th, 2013

ロシア国立プーシキン美術館が収蔵する西洋絵画のなかでも、約700点ものフランス絵画コレクションの素晴らしさは、本国フランスも羨むほどと称されています。そのなかから時代を象徴する名品66点で、17世紀〜20世紀にかけての300年を辿っていく今回の展覧会。

 

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横浜美術館の松永真太郎主任学芸員はこんなふうに教えてくださいました。

「今回の展覧会のもうひとつのテーマは“人“です。出品作品の多くに描かれているのは人物です。神話に登場する人々、ロシア皇帝が自ら発注したという聖母画、ルノワールが背景にまで愛を込めて描いた肖像画・・・人の描かれ方の変遷にぜひ着目してみてください。そして、ロシアの皇帝や貴族、大商人などのコレクター、描いた画家と、描かれたモデル・・・一枚の絵の背景にある人の繋がりやその想いによって受け継がれてきたことに想いを馳せると、また違った楽しみ方ができるのではないでしょうか。」

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1枚の絵が誕生するまで、そしてフランスで誕生してからロシアへやってくるまで、そして開催延期から2年間を経て今日まで、いったいどれほどの人々がこの絵に関わってきたことでしょうか!

そして今、2013年横浜で、あなたはどんな想いを受け取るのでしょうか・・・。

 

プーシキン美術館展のロシア的楽しみ方1:コレクター

火曜日, 7月 9th, 2013

今日7月6日からはじまる「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」

その見どころを探るべく、内覧会&記者会見に潜入してきました!

 

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まずは横浜美術館の逢坂恵里子館長がご挨拶。「2011年の東日本大震災、そして原発事故によって、やむなく中止となってしまったこの展覧会が、2年という時を経て、ついに今日という日を迎えられたことは大きな喜びです。多くの個人コレクターによる優れたコレクションからなるプーシキン美術館展と、そして横浜美術館のコレクション展も合わせて、絵画への情熱や献身を感じていただけたらと思います。」

 

そう、今回の展覧会のロシア的楽しみ方のキーワード、それはコレクターです。

会場パネル展示には、ロシア人コレクター列伝が!

 

 

 

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▲サンクトペテルブルグのエカテリーナ2世やニコライ・ユスーポフ、アレクサンドル2世。モスクワのセルゲイ・トレチャコフやセルゲイ・シチューキン、イワン・モロゾフなど。

 

それぞれの人物の肖像と経歴、そして絵画が飾られていた個人邸宅と合わせて,その実物のコレクションを眺めていると・・・「ふむふむ、これはまさに、あなた好みの絵画ですね!」なんて、まるでコレクター仲間になって会話しているような気分も味わいつつ鑑賞できますね。

 

 

→つづく

 

 

『ロシアの演劇』出版記念パーティにて

月曜日, 6月 24th, 2013

講演会のあとは、『ロシアの演劇』出版記念パーティが催されました。

グルジア出身のコバヒゼさんのためにと、渋谷ロゴスキーさんが用意してくださったグルジアワインで乾杯!

 

 

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▲中央左がコバヒゼさん、中央右はこの本の帯に推薦コメントを寄せられたた女優の栗原小巻さん、お二人を囲んで左が翻訳された荒井雅子さん、そして右が通訳の安達紀子さん

 

では、コバヒゼさんに少しお話を伺ってみましょう!

★『ロシアの演劇』は、ロシアにおける演劇の起源から最新の動向まで、分かりやすく1冊にまとまっていて、まるで読む“ロシア演劇博物館“のようですね。演劇に興味のある方なら一度は耳にしたことのある“スタニスラフスキー・システム“が、ロシアから世界に広まったように、今後ロシア演劇は世界にどんなことを発信していけるでしょうか。

コバヒゼ:今それを明言するのは難しいですね・・・。スタニスラフスキー・システム自体も時を経て少し変化・進化してきています。たとえばロシアにおいては、今日このシステムを最も発展させたのはピョートル・フォメンコでしょう。今やロシアのさまざまな演劇フェスティバルには世界中から批評家やプロデューサーたちが招かれていますが、こういう活動を通して、ワクワクさせるような大きな影響を与えていけたらと思います。

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★俳優一家に生まれたコバヒゼさん、ご自身もとてもお美しくていらっしゃいますが、俳優でなく批評家の道に進まれたのはどうしてですか?

コバヒゼ:家の伝統として私も1年程、俳優を目指して勉強はしたんですよ。けれど、わかったんです。女優に必要な大きな才能が、自分にはないということが。それでも演劇を愛していたので、演劇批評家を志しました。

 

★では、日本にご興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?

コバヒゼ:まだグルジアに住んでいたとき、そう、1990年代前半のことですけれども、紫式部の作品を読んでから古典の散文に魅かれ、これがきっかけで日本や日本の歴史について勉強をはじめました。

 

★この夏、ロシアにいらっしゃる方に、ぜひおススメしたい注目の劇場や俳優を教えてください!

コバヒゼ:たくさんありますが、まずはやはりモスクワ芸術座ははずせませんね!それから、ピョートル・フォメンコ工房も観なければなりません!国民劇場も!!エフゲニーミローノフが出演する芝居も絶対に観るべき、『白痴』のムイシュキン伯爵役などで彼は映画やTVにも出演していますよ。

 

★最後に、今年で8年目を迎える「ロシア文化フェスティバル in JAPAN」スタートからずっと、ロシア組織委員会委員を務めていらっしゃいますが、フェスティバルへかける想いをお聞かせください。

コバヒゼ:2006年の開幕から,フェスティバルを通してたくさんの方に出逢いたくさんのことを知ることが出来ました。日本の方にとって興味深いフェスティバルになることを期待して始めましたが、来場者数や盛り上がりをを見れば、これはすでに実証されたのではないかと自負しています。これからもこのフェスティバルに終わりがこないことを願ってやみません!

ありがとうございました!

 

 

 

 

コバヒゼ先生、熱く語る!

月曜日, 6月 24th, 2013

早稲田大学戸山キャンパスにて、学生気分で席に着くと、そこへ颯爽と登場したのはマイヤ・コバヒゼ先生!

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▲さすが、ロシアでも学生におしえていらっしゃるだけに落ち着いたご様子で、「話の途中でも質問してくださいね。私からも質問しますから、会話のようにすすめていきましょうね。」とにっこり。

 

 

 

この日は、特にソ連が崩壊しロシアが誕生した1991年以降の現代ロシアに的を絞り、会場の学生たちのリクエストで、いくつかの新しい演劇プロジェクトを中心に紹介されました。
劇作家たちが“朗読会“形式で魅力的な戯曲を求めた「リュビーモフカ演劇祭」や、若い劇作かや演出家たちの可能性を実現するために設立された「劇作・演出センター」、実在の人々の会話を記録して芝居テキストを作り上げるドキュメンタリー演劇の技法を実践した「Teatr.doc」について。そして特に、大きな論議を巻き起こし、ある意味でロシア演劇の新たな1ページとなった作品キリル・セレブレンニコフ演出『粘土』については、コバヒゼ先生はもちろん、通訳の安達紀子さんも実際に当時観劇されたそうで、そのときの興奮そのままに熱く語られました。

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最後に「いろいろなことをお話ししましたが、一番大切なのは、生きた演劇を観ること。私の課題は、今日の私の講演をお聴きになって、皆さんが実際にロシア演劇を観たいと思ってくださることなのですが・・・いかがですか?」そうコバヒゼ先生が微笑むと、学生たちがちょっぴり恥ずかしそうに、けれどまっすぐに手を挙げ、会場からは拍手が沸き起こりました。

「ロシア文化フェスティバル」は今年もあなたに、生き生きとした本物のロシアの文化芸術に出逢うプログラムをお届けしてまいります!

 

 

『ロシアの演劇』その前に・・・

月曜日, 6月 24th, 2013

早稲田大学で開催されるマイヤ・コバヒゼさんの講演会の前に、構内にある坪内博士記念演劇博物館を訪れました。

洋館巡りツアーでも人気の建物は、1928(昭和3)年10月、坪内逍遙が古稀の齢(70歳)に達したのと、その半生を捧げて翻訳された「シェークスピヤ全集」全40巻の完成を記念して設立されたもの。

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▲梅雨空の演劇博物館。

16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」を模して今井兼次らにより設計されており、建物自体も細部まで見どころが一杯!天井に羊がそぞろあるく「逍遥記念室」は特に素敵で、未年の逍遥博士の愛蔵品コーナーには可愛らしいひつじコレクションがずらり。なんとペンネームの“しょうよう“も小さい羊という響きからきているそうです。残念ながら撮影禁止ですが、公式サイトの動画でたっぷりとご覧頂けます。

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▲エントランス上には「人生は劇場なり」の文字が!

 

さて、館内展示は・・・中国の影響を受けてはじまる古代コーナーにはじまり、能や歌舞伎の母体となった中世~近世コーナーでは能面を実際に装着出来るコーナーもありました。そして近代コーナーで注目は、日本初の帝国劇場の復元模型!ロシアの伝説的なバレリーナ、アンナ・パブロワもこの舞台で踊りました。
この日はちょうど劇作家小山内薫がヨーロッパに滞在した当時の資料が公開されており、ロシア滞在期間中に通い詰めたというモスクワ芸術座の資料や、妻にあてた白樺林の絵葉書、帰国後に演出したゴーリキー『夜の宿(どん底)』ポスター等が展示されていました。このように、歩くだけで日本の演劇の歴史を辿ることができる常設展示に加え、魅力的な企画展も見逃せません。

 

 

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▲ 1930 年代初頭ソ連に渡り、演出家メイエルホリドの助手としてその演劇的手法を学んだ『佐野碩と世界演劇~日本・ロシア・メキシコ“芸術は民衆のものだ“~』展(~5月22日)パンフレットも頂きました。

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▲逍遥先生の銅像、その手はピカピカに輝いていました!演劇への情熱とたゆまぬ努力で偉業を成し遂げた先生の手に触れると願いが叶うといわれており、もちろん私もしっかり握手してまいりました。

新刊『ロシアの演劇~起源、歴史、ソ連崩壊後の展開、21世紀の新しい演劇の探求』をより深く理解するために、足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。