春と秋、毎年恒例の蜂蜜市が開催されるカローメンスコエ。

蜂蜜の大好きなロシア人は、美容に、風邪の予防や治療に・・・と、いつも蜂蜜をお薦めしてくれます。そして、毎年春と秋の蜂蜜市が開催される時期になると、大きなカートを引いて、いそいそとお気に入りの蜂蜜を買いに出かけます。(2018年春は1月19日〜3月18日)

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△甘い蜂蜜の香りに包まれた巨大テントのなかは、向こう側が見えないほど、そして何列も、数えきれないほどのブースが並びます。

同じ種類の蜂蜜でも、お店によってずいぶん味が違います。こちらのお店では“栗”の蜂蜜を購入。栗独特の風味が口一杯に広がります。お店の方とのおしゃべりも楽しみのひとつ。おしゃべりと味見がはじまると、なかなか次へ進むことができません。

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△どこのお店でも、まずは基本のアカシアから薦められ、それから菩提樹やプロポリス、ベリーやりんごなどのフルーツや花など今年のお店のおすすめ蜂蜜、そして蕎麦や栗など癖の強い味へ・・・と進みます。こちらはアルタイ地方のお店です。大きな匙で蜂蜜をすくっては、その自慢の美しい透き通った色ととろみを見せてくれます。

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△ロシアのさまざまな地方から出店していて、その地方独特の植物や風景で演出していたり、家族で養蜂業を営んでいる写真を展示していたり、蜂蜜でロシア旅行が出来ます。

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△こちらのサハリン産蜂蜜のお店では、珍しい“桜“の蜂蜜を発見。桜餅のような味と香りです。いろんな香りや味を購入するのも楽しいですし、同じ種類で食べ比べをするのもいいですね。

 

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乾燥キノコも風味がよくてとっても美味しい!それぞれのお店がアットホームな温もりのある雰囲気でディスプレイされていて、あちこち眺めながら歩くのはとっても楽しいです。

 

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蜜蝋やプロポリス石鹸なども、蜂や蜂の巣の模様にデザインされていたりします。

最寄り駅はКОЛОМЕНСКАЯ駅(Музей方面の出口を出ます)。中心部から乗り換えなしでそれほど遠くない場所ですが、公園にはいると広々として自然が美しく、世界遺産に登録されている教会などもあって、お散歩にもぴったりです。   公園へは歩いても行けますし、駅前からテント前まで無料の送迎バスもあります。

 

ロシアといえば黒パンですが、ロシアの白パンの最も古い形として、Калач(カラチ)と呼ばれるパンがあります。

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こちらはモスクワ郊外コロムナにあるカラチ博物館。煉瓦作りの可愛らしい博物館では、時間制で体験型の見学会を予約出来ます。この可愛らしい作業場にて、歴史や材料など、このユニークな形を実際に作りながら、そしてお客様も巻き込んで劇場のように展開していきます。

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16世紀頃から、タタールのイーストを使わない平たくて丸い白パン レピョーシカ(лепёшка)のレシピから作られるようになったそうです。

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さいごには、かごに山盛りの焼きたての香ばしいカラチと熱い紅茶がふるまわれます。バターをたっぷり塗っていただくと、外側はパリッとなかはもっちりとして、最高の美味しさ!

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ユニークな鍵穴状の形、そして切れ目を入れた部分がスマイルマークのようで、こちらまでにっこりしてしまいます。

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アンティークのピアノやサモワール、ベレスタ(白樺細工)の調味料入れなどロシアならではのキッチン周りのインテリアもとても可愛らしい!

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△店先でも、焼きたてのカラチに大行列!プレーンのカラチは50ルーブル。ほかにも、なかにお肉を挟んだカラチ・サンド、トヴァロークというチーズを乗せた昔ながらの菓子パン“バトルーシュカ”、ピロシキなども売っていました。

 

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お店の脇から、コロムナのクレムリンへと続いています。教会広場やちいさなミュージアム、飾り窓枠の可愛らしい昔ながらのお家など、散策にもぴったりです。

Музей Калачная

http://kolomna-kreml.ru/museums-view/muzej-kalachnaya/

モスクワのカザン駅から南東へ、列車でおよそ3時間。郊外のちいさな街コロムナには、2つのパスチラ博物館があります。

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△コロムナ・パスチラ博物館

さっそく時間制の見学ツアーに申し込みます。まずは、パスチラというお菓子の歴史や作り方についてのレクチャーがあります。

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ロシアの小さな青林檎のピューレとお砂糖や蜂蜜、卵白などナチュラルな素材だけで作られた素朴なお菓子パスチラ。昔ながらのレシピで作られています。

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それから、可愛らしい19世紀ロシアスタイルのお茶会へ。

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ひとつずつ、味の説明や効用を教えていただきながら試食します。

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食感は、大きく分類すると、果汁を煮詰めて固めたゼリー状のタイプと、卵白などを加えてふんわりシフォンケーキのように仕上げたタイプの2種類あります。そこに、ベリー類やフルーツのエキスを加えてみたり、ケシの実やチョコレートでデコレーションしたり・・・無数のバリエーションとハーモニーが楽しめます。

 

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△影絵や朗読会などさまざまな催しや趣向を凝らしたお茶会も開催されています。

 

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△大の甘党だった文豪ドストエフスキーは、本棚にお菓子箱を隠していて、執筆の間につまんでいたそうです。子どもの頃にコロムナに住んでいたドストエフスキーはベリーのパスチラがお気に入りで、お菓子箱のなかにはいつも常備していたのだそうです。

 

さらに、Музейная фабрика пастилы (パスチラ博物館工場)もあります。こちらのエクスカーションは、建物内を回りながら、各部屋でお客様を巻き込んでまるで劇場のようにストーリーが展開していきます。実際にパスチラ作りを体験し、最後にはもちろんお茶会も用意されています。

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△パスチラは、ロシアでよく穫れるアントーノフカという小さな青林檎でつくるお菓子です。

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△エカテリーナ2世に献上されたことを記念した限定箱。

 

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▽お土産用のショップは、美しい箱やパスチラの色合いの美しさを生かしたラッピング!

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△宝石箱のような布ばりのオルゴールのなかにパスチラ。レース柄など優美なデザイン。

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△工場直営店ならではのできたてパスチラを購入できます。

大都会モスクワから少し足を伸ばせば、古き佳きロシアの田舎の風景を味わうことが出来ます。

 

Музей “Коломенская пастила” https://kolomnapastila.ru/

Музейная фабрика пастилы https://kolomnapastila.com/

 

モスクワの冬は劇場シーズン!「子どもの頃大好きだった猫のサーカスへみんなで出かけましょう!」親子3世代で楽しむロシア人でいっぱいのククラチョフ猫劇場(Театр кошек Кукулачева)です。

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入り口で両手を広げて出迎えてくれる猫の像。たくさんの子どもたちと抱き合って握手をして、手がピカピカ光っています。

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1990年1月1日にオープンした劇場内は、どこもかしこも可愛らしい猫でいっぱい!

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ドアノブまで猫がモチーフになっています。

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1階から2階にかけてのギャラリースペースには、これまで猫劇場が世界中で客演してきた記念の猫グッズや各国語のパンフレット、ファンから寄せられた世界中の猫グッズや猫の絵画が展示されています。

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△ククラチョフ氏がまだ猫劇場を創設する前の1981年に、日本でボリショイサーカス公演に参加したときの貴重なパンフレットも!日本の招き猫やサンリオのキャラクターのキティちゃんグッズも展示されていました。

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△猫にご注意!のユニークな標識。

 

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△およそ200匹の猫劇場専属の猫たちの様子を見られる猫アパートメントのコーナー。趣向をこらしたお部屋のひとつは、富士山に満開の桜、青竹に鶴が描かれた日本風!

 

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可愛らしい猫がつぎつぎに出てきて、玉乗りや綱渡りなど得意技を披露してくれたり、アクロバティックな挑戦をしてくれなかったり、ときにはお芝居仕立てでコミカルに進行していく舞台に惹き込まれます。会場はそのたびに大笑いしたり、ハラハラドキドキ手に汗して応援したり。気ままな猫たちのパフォーマンスですが、観客も出演者もそんな猫のすべてを愛しているのが伝わってきます。

 

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△フィナーレに登場した猫たち!

創設者のユーリー・ククラチョフ氏のご子息ドミトリー・ククラチョフ氏が現在は主演を務めていらっしゃいます。世界初にして唯一ともいわれている猫たちによるサーカス!モスクワへいらしたらぜひお出かけ下さい。

http://www.kuklachev.ru

 

モスクワの二大美術館のひとつであるプーシキン美術館(Государственный музей изобразительных искусств имени А. С. Пушкин)。ロシア文化フェスティバルIN JAPANの枠内ではこれまで何度もプーシキン美術館展が開催され、傑作の数々をお楽しみいただいてまいりました。その美術館の名前にもなっている詩人アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(Александр Сергеевич Пушкин)は、ロシアで最も敬愛されている芸術家のひとりです。モスクワ中心部にはプーシキン広場があり、銅像にはいつも花が捧げられています。ここにはプーシキン記念劇場もありますし、カフェ・プーシキンという名前の老舗ロシア料理レストランもあります。さて今回はモスクワで、さらに深くプーシキンを感じられる場所をご紹介いたしましょう。

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雪景色にも映える外観の『プーシキンの部屋記念館(Мемориальная квартира А.С. Пушкина на Арбате)』。実はモスクワには、西洋絵画の殿堂プーシキン美術館以外にも、プーシキンにまつわる博物館がいくつか存在します。展示物の規模では『国立プーシキン博物館(Государственный музей А.С. Пушкина)』が勝っていますが、こちらはプーシキンが実際に暮らしていた部屋であり、新婚のプーシキン夫妻の幸せいっぱいの思い出が詰まっている場所です。

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1831年2月はじめから5月半ばまで、結婚後3ヶ月間という短い期間ですが、プーシキンが暮らしていたと記されています。モスクワの街を歩いていると偉人の名を冠した通りや広場、駅名がたくさんありますし、また古い建物が大切に保管されているため、このような偉人が暮らしていたことを示す碑をよく見かけます。

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教会での結婚式の後、プーシキンは若き妻ナタリヤ・ニコラエヴナ・ゴンチャロワをここへ連れてきました。当時ここは貴族のヒトロヴォ邸でしたが、プーシキンは2階部分を半年間の契約で賃りていました。

 

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現在はこの1階部分には、プーシキンが暮らしていた当時のモスクワの様子を物語る展示や、

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当時のプーシキンを想いおこさせる展示物が並んでいます。

 

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『ルスランとリュドミーラ』『エヴゲーニー・オネーギン』『ボリス・ゴドゥノフ』『スペードの女王』をはじめ数多くの傑作を世に送り出したプーシキン。若くして名声を集め、さまざまな土地を放浪しながら精力的に創作活動を続け、1831年1月には決闘で負った傷により37歳の若さでこの世を去ったプーシキンにとって、ここでの新婚生活は待ちこがれていたしばしの休息ともいえる日々になりました。

 

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△この家で書かれ、この家から送られたたくさんの手紙が展示されています。プーシキン直筆の書簡を見ることが出来る感動といったら・・・震えが止まりません!

 

プーシキンが去った後も、この邸宅はたくさんの人によって歴史が重ねられていきます。たとえば、1884~1885年には、作曲家ピョートル・チャイコフスキーの弟であるアナトリーもここで暮らしていたため、チャイコフスキーも何度もこの邸宅を訪れたそうです。そのため、残念ながらプーシキンの部屋や家具などのゆかりの品が当時のまま保管されているわけではないのですが、1階から実際に暮らしていた2階へと展示室を進んでいくと、さまざまな角度から当時のプーシキンを連想しイマジネーションを膨らませることができます。

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△プーシキンの創作活動の象徴ともいえるライティング・デスク。

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△妻ナタリヤの机

 

そしてさらに時を経た1986年2月18日、プーシキンの結婚記念日に合わせて、プーシキンが暮らしたこの家が記念館として開館しました。美しいクラシックな街並にお土産屋さんがひしめく人気観光スポットのアルバート通りにありますので、ぜひお買い物の合間にお立寄りください。

 

Мемориальная квартира А.С. Пушкина на Арбате

住所:Москва, ул. Арбат, 53

公式サイト:http://www.pushkinmuseum.ru/?q=node/4

 

ロシアといえばボリショイ劇場のバレエやオペラを思い浮かべる方も多くいらっしゃると思います。本館は約6年間もの長い修復工事を終えた2011年に、趣きはそのままに美しくリニューアルされました。ギリシア神話に登場する太陽神アポロンの4頭立ての馬車の銅像、ファサードには双頭の鷲。劇場広場の噴水前は、いつも劇場を愛するロシア人や世界各国からの観光客で賑わっています。

 

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1776年、女帝エカテリーナ2世がピョートル・ウルソフ公に劇場をひらく特権を与えたところからボリショイ劇場の歴史が始まったと言われています。1780年にペトロフスキー劇場として現在の場所に開館(現在も劇場脇の通りはペトロフカ通りと呼ばれています)。その後、幾度となく火事などの災難に見舞われますが、1856年にアレクサンドル2世の戴冠の日に合わせて、ボリショイ劇場としてオープンしました。

 

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△毎年秋、劇場シーズンが始まると、チャイコフスキーの三大バレエ『白鳥の湖』『眠りの森の美女』『くるみわり人形』や、ハチャトリアンの『スパルタクス』などの人気演目に加え、意欲的な新作も上演されています。この日は彫刻家ロダンの生涯をテーマにした『ロダン』。2002年に開館した隣接の新館とともに、オペラとバレエが交互に上演されています。

 

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ホール天井には、豪華絢爛なシャンデリア!高さ8m×幅6m、重さ2トンもあり、24000個のクリスタルで彩られています。そしてこのシャンデリアの上には、なんと劇場と同じ大きさのリハーサルルームが存在しているということも驚きです。緞帳の奥の舞台には3%の傾斜があり、ボリショイのダンサーたちはそこで優雅に踊ることを求められます。

 

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天井画には、アポロンと9人の女神たちが描かれていますが、実はもう1人、パレットと筆を持つボリショイ劇場オリジナルの女神が描かれていることをご存知でしたでしょうか?現在お土産ショップでは、この天井画の柄の雨傘も人気商品のひとつになっています。

 

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△総1740席のなかにはステージ両脇のBOX席など一般には販売されていない特別なシートもあり、芸術監督やスタッフ、特別なお客様が鑑賞するときに利用されます。なかでもステージ下手側のBOX席は、通称”スターリン席”と言われています。かつてレーニンによって解体の危機にさらされた劇場を救ったのは、バレエをこよなく愛していたと言われる次の指導者スターリンでしたが、暗闇で鑑賞中に危険にあわないようにと、奥まったこの場所で楽しんだのだそうです。

また、天井桟敷には立ち見200席も用意されており、両脇のステージが物理的に見えないお席にはモニターも用意されています。

 

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△これぞロシア!という深みのある赤色のシート。ロイヤルボックスの奥にはミニキッチンやトイレなどもついていて、観劇の合間にも来賓がくつろげるようになっています。また、ロイヤルボックスの双頭の鷲の飾り以外の内装はすべて、紙や木を中心に楽器を作るための素材からなっており、ホール全体が最高の音質で響くように考えられているそうです。

 

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△1856年にボリショイ劇場としてオープンした記念の年号プレートがホールの扉の上に飾られています。

 

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△最上階のグランドカフェには、ソファ席も用意され幕間におしゃべりをしながらゆったりと過ごすことが出来ます。下階にもカフェ&バースペースが用意されており、シャンパンやコーヒー、オープンサンドやフルーツ、ケーキなどを楽しむことが出来ます。

 

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△白のホワイエへと続く赤絨毯の大階段は、ちょうどドレス姿の女性がすれ違える幅に設計されているそうです。

 

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△白のホワイエでは、ドレスアップしたお客様たちが記念撮影をしたり談笑したりとなごやかに過ごしています。

 

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△バレエやオペラにまつわる貴重な資料満載の特別展示室も見逃せません。3ヶ月ごとに展示替えがあり、著名な芸術家やその作品を記念した展示や衣装などを自由にご覧頂けます。

 

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△皇帝の間(小)は、皇帝への謁見のために使用されていました。部屋の両隅に座り壁に向かって小さな声で話したとしても聞こえてしまうほど声がよく響く設計になっており、内緒話が出来ない部屋なんて言われてたりもするそうです。

 

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△そして、今回の改装工事で新しく誕生したのが、この地下のベートーヴェン・ホールです。300人収容のこのホールの客席は可動式になっており、階段状のコンサートホールから平面のバンケットルームにまで対応することが出来るようになっています。ちょうどボリショイ劇場の正面、劇場広場の噴水の真下くらいに位置しているこのホールは、高度な防音設備によって隣接する地下鉄と隔てられています。

 

モスクワへ来たらボリショイ劇場!その素晴らしいステージはもちろん、その作品が産み出されて来た劇場そのものを堪能することが出来るバックステージツアーも人気があり、運が良ければ貴重なリハーサル風景もご覧頂けます(ロシア語&英語のツアーに加え、日本語のツアーもあります)。

ボリショイ劇場 公式サイトはこちら

 

ロシアには、芸術家が生活していた家をそのまま残し展示している魅力的な“家博物館“が数多く存在しています。そのなかのひとつが、こちらの『Дом-музей К.С.Станиславского スタニスラフスキーの家博物館』です。

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偉大な脚本家であり才能豊かな俳優でもあった Константин Сергеевич Станиславский コンスタンチン・セルゲーヴィチ・スタニスラフスキー(1863~1938)。演劇に興味のある方なら一度は耳にしたことのある演技メソッド“スタニスラフスキー・システム”を築きあげ、指導者として多くの俳優を育成し、その名はロシアの演劇界のみならず世界的に知られています。ロシア文化フェスティバル IN JAPANでも、スタニスラフスキーが1898年に創設したМХАТ им. А.П.Чехова モスクワ芸術座や、スタニスラフスキーの名前が冠されたМосковский академический музыкальный театр им. К. С. Станиславского и В. И. Немировича-Данченко スタニスラフスキー&ネミロヴィチ・ダンチェンコ記念音楽劇場の作品が、公式プログラムとして上演されたり関連本が出版されたりしてきました。

 

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かつては“スタニスラフスキー通り”と呼ばれていた通りから、門をくぐりドアの前に立つと、まるでスタニスラフスキーの邸宅にお招き頂いたような気分を味わうことができます。スタニスラフスキーは、19世紀中後半のロシア・クラシシズムでしつらえられたこの建物の2階部分で、1921年(58歳)から1938年(75歳)までの晩年17年間を過ごしました。そして、彼の死後10年が経過した1948年に博物館として開館しました。

大切に手入れ保管されてきた内部は、細部にいたるまですべてにスタニスラフスキーの息づかいを感じます。

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スタニスラフスキーはもともとはダンスホールとして使用されていたサロンを劇場に改装しました。このステージの特徴的な4本の柱が、のちにスタニスラフスキー&ネミロヴィチ・ダンチェンコ記念音楽劇場の紋章のもとになったそうです。こけら落としとなった作品は『エブゲニー・オネーギン』で、それ以来ここは“オネーギンスキー・ホール“と呼ばれています。現在もコンサートや演劇が行われていますが、大劇場とはまたひと味違う臨場感や温もり、スタニスラフスキーの意思を肌で感じることが出来る特別なホールとしてロシアの人々に愛されています。

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△スタニスラフスキーはこの椅子に座り、モスクワ芸術座の俳優たちを演出・指導したそうです。

 

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△実際に舞台に上がってみることも出来ますし、緞帳の裏の舞台裏を覗くことも出来ます。農奴芸術家たちによって改装されたそうですが、どの部屋も天井に描かれた絵までとても美しくこだわった作りになっており、調度品や小物のひとつひとつからもスタニスラフスキーの美的センスを感じます。

 

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△入館して階段を上がるとはじめに広がるこの空間は、通称“青の間”と呼ばれ、リハーサルや上演の際の待合ロビーとしても使用されていました。奥の白い扉の向こうが劇場スペースです。

 

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△実際に使用されていた椅子やテーブル。

 

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△こちらは舞台裏から繋がっている“赤の間”。ステンドグラスには騎士が、天井には馬がモチーフに描かれています。

 

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△書斎の扉は2枚分もの厚さがあり、可愛らしい装飾が施されています。取っ手の部分を触ると成功できると言われており、いつからか俳優さんたちはもちろん訪れる人が皆、願いをこめて触れるようになったため、ピカピカと輝いていました。

 

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△1895年スタニスラフスキーがイタリアを訪問し、シェイクスピアの『オセロ』を演じた時に購入したというお気に入りの椅子。ここから数多くの傑作が生まれたのですね!

 

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△寝室の棚の上、ベッドからもよく見える場所には、舞踊家イサドラ・ダンカンから贈られたという花瓶が飾られています。心臓発作で倒れてからはここから動くことが出来なかったそうです。小さなベッドには、まるで今朝着替えたばかりであるかのように、白いパジャマも置かれていました。実はスタニスラフスキーというのは芸名で、本名はアレクセーエフといい、フランスで女優をしていた祖母をはじめアレクセーエフ家のポートレートが並ぶ食堂もありました。

 

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△モスクワ芸術座の美人女優であり、よき妻で母でもあったマリヤ・ペトローヴナ・リリナの部屋や寝室も公開されています。化粧台には当時のメイク道具や愛用の品々、得意だったという刺繍やレース、壁には尊敬するチェーホフの写真も飾られていました。

 

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△アンナ・カレーニナのヴロンスカヤ伯爵夫人を演じたときの衣装。チェーホフの戯曲『かもめ』のマーシャ役、『ワーニャ伯父さん』のソーニャ役、『三人姉妹』ナターシャ役など主要な役を演じていました。

 

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△ 1階&3階部分には、さまざまな作品で使用された衣装や小道具が展示されていました。なかでも印象的だったのは・・・こちらの作品。

 

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△英国のサリバン作『ミカド』という日本を題材にしたオペレッタ作品です。1887年にスタニスラフスキー自らが演じたときの写真や、衣装と小物のコレクションも展示されています。

 

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△着物には少し中国的な要素も感じられますが、スタニスラフスキーは当時、自宅に住まわせた日本人から直接、歩き方や立ち居振る舞い、お辞儀の仕方、そして芸者の舞いや扇子などの扱い方などを教わり徹底的に研究したのだそうです。

スタニスラフスキーが日本とこのような深いつながりがあったことはあまり知られていませんね。

これからはロシア文化フェスティバル IN JAPAN公式プログラムをさらに深くお楽しみいただけるような場所を、モスクワからご紹介してまいりますのでどうぞお楽しみに!

 

Дом-музей К.С.Станиславского

住所:Москва, Леонтьевский переулок, дом 6.

公式サイト:https://www.museum-stanislavsky.com

リニューアルした新宿中村屋ビルで楽しむロシアをご紹介いたしましたが、こちらは番外編。

温泉も鴨川シーワールドもマザー牧場もいいですが、南房総へいらしたら立ち寄ってほしいのが、館山中村屋さんです。

 

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パンやケーキを買う人で賑わう店内ですが、

 

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注目は、ロシアケーキ。

 

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中村屋さんのロシアケーキの始まりは明治期にまでさかのぼります。新宿中村屋で修行中だった長束実氏が、ロシア皇帝のお抱え製菓技師に正統なロシアケーキ作りの技術を伝授され、その技術を2代目七郎氏が引き継ぎ、戦後3代目長束氏が受け継ぎました。(公式サイトより転載)

 

 

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まずビスケットを焼き、アーモンド、ピーナツ、砂糖などを用いたマコロンをその上に絞りつけ、さらに丹念に二度焼きして作る6種類のロシアケーキは、現在こちら館山中村屋さんでしか購入できないそうです。

 

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最上階レストラン、3階の美術館、そして最後は地下1階のショップBonnaボンナでお土産選びです。新宿中村屋で1933年から販売され人気商品のひとつだったピロシキが、“新宿ピロシキ“として新たに登場!

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△屋台風に揚げたてを購入できます。隣には、もうひとつの人気商品カリーパンも。

 

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△ピクルスが添えられている丸い形が特徴です。

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△中身は、たっぷりのお肉にキャベツや春雨、卵などで全体的にふんわりと優しいお味にまとめられている揚げピロシキ。新宿本店限定です!

 

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△人気のボルシチ缶詰。地下2階にはカジュアルなレストランMannaマンナもあり、こちらでもボルシチをオーダーできます。

 

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△ピロシキにも添えられていたアグレッツィ(きゅうりの漬け物)も購入可能です。

 

ぜひ新宿中村屋でロシアを楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

さて、ボルシチしゃぶしゃぶで暖まったら、同ビル3階の中村屋サロン美術館はいかがでしょうか。

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中村屋の歴史を知り、ゆかりの展示をみることができます。「己の生業を通じて文化・国家(社会)に貢献したい」という想いで相馬愛蔵・黒光夫妻によって創業された中村屋は、明治の末から大正にかけて、女優 松井須磨子や彫刻家 高村光太郎、画家 竹久夢二や劇作家 秋田雨雀をはじめ美術、演劇、文学などさまざまな分野の芸術家が集まり“中村屋サロン“と称されていました。

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△ミュージアムショップで売られているエロシェンコのポストカード

日本の盲学校で学ぶために大正3年に来日したエスペランティストで盲目の詩人ワシーリー・エロシェンコも、中村屋ゆかりの人物のひとりです。ロシア文学好きでロシア語が堪能であった中村屋創業者の相馬黒光さんの呼びかけもあって、お店で朗読会が開かれたり、エロシェンコが中村屋のアトリエに住まわせてもらうようになったりと深い交流がつづくなかで、中村屋にボルシチが生まれました。(公式サイト内の創業者ゆかりの人々ボルシチ│商品の歴史│より)